2006年04月22日
Vol.042 “心”を育てる音楽
私は、長年、子供たちにピアノを教えてきました。私のピアノ教室からは多くの子供たちが巣立ち、今でも親交のある教え子がたくさんいます。最近、うれしいことがありました。去年、私と家内はそろって古希を迎えましたが、そのお祝いを二人の娘がしてくれることになりました。当日、二人から「お父さん、お母さん、今日は銀座でお食事よ」と言われて付いていくと、教え子たちが待っていてくれ、にぎやかなお祝いとなりました。祝ってくれたメンバ−の中心的存在がSさんで、彼女は私の指導を素直に受け止めて力を発揮し、音楽大学に進学。今は、四十人の生徒を擁するピアノ教室を主宰して、毎年、楽しいピアノ発表会を開いている人です。今回は彼女が、娘と連絡を取り合い、ほかのメンバーにも声をかけて、こうしたお祝いの会を開いてくれたのでした。そんな彼女は、私が中学校の教頭になった時も二十人ほどのメンバーと共に祝ってくれました。また、お祝いをしてくれたメンバーの中には、親御さんの経済状態が悪かったため、後になってまとめて月謝を頂いたGさんもいました。彼女はそのことを恩義に感じて、私のお祝いの会の連絡をしてくれたり、引っ越しの手伝いに来てくれたりと、なにくれとなく私たちのことを心にかけてくれています。お祝いには、茨城や千葉、埼玉から駆けつけてくれた人もいて、昔話に花を咲かせながら、楽しいひと時を過ごしました。私はその輪の中で、こんなことを考えていました。私はピアノを教えるということは、技術を教えるだけでなく、音楽を通して?美しい心?を育てること─という信念でやってきたけれど、あなたたちは、それ以上のものを学んでくれたな、と。
Vol.041 持つべきものは友
私には、五十年以上のつきあいになる親友がいます。彼は信州大学教育学部数学科、私は同部音楽科に入った同期生同士です。入学後、しばらくしてから、われわれ音楽科のメンバーがピアノや声楽の練習をする様子を見て興味を持った彼が、音楽室に出入りするようになって意気投合したのでした。農家の出身で、音楽には縁のなかった彼ですが、ピアノや声楽の練習に励むようになり、一年の後半、私は彼と一緒に下宿して、彼の練習にもつきあうようになりました。懐かしく思い出すのは、下宿時代、彼が続けていた?修養?と称する水垢離(ごり)を一緒にしたこと。冬の朝ともなると、その冷たさは想像を絶します。ある時、バケツいっぱいに張った水を勢いよく首から下にかけると、彼から、「そんなかぶり方では、修養にならないよ」という厳しい言葉が。その言葉に従い、少しずつ背筋に水を流していくと、骨の髄まで凍るかと思われるほどの冷たさ。さらにその後の乾布摩擦もつらいものがありましたが、それで体が鍛えられたことを思うと、今はいい思い出です。彼は三年になって音楽科に転科。それからも二人で磨き合い、卒業後は、それぞれ別の土地で音楽教師の道を歩みました。今は、共に定年退職し、悠々自適の毎日ですが、彼とは年賀状を交換し、電話で近況を連絡して交流を続けています。やはり?持つべきものは友?そうした友の存在がどれほど私の支えになっているかはかりしれません。少子化が進み、きょうだいが少ないせいか、友達をつくるのが下手という子供が増えています。親や教師は、勉強だけでなく、どうしたら子供が友達をつくれるかに、もっと心をくだいてあげてほしいと思います。
Vol.040 習い事のアドバイス
最近は、塾だけでなく、ピアノ水泳、絵画教室など、習い事をする子供が増えています。あれもこれもというのは、どうかと思いますが、何か一つに絞って習わせるのは、子供の情操教育に有益なことだと思います。では、その場合、親が心がけなければならないことはなんでしょうか。まず、第一は、子供の天分を伸ばしてあげるということを最優先させることです。「○○ちゃんもやっているから」などと、親の見栄やエゴで、安易に子供を習い事に行かせるのではなく、「好きこそものの上手なれ」という言葉を念頭に置いて、子供が好きなこと、夢中になれることを習わせてあげてください。習わせるものが決まったら、次に大切なことは、習い事の指導者がどのような人なのかを、親自身の目で見極めることです。周囲の評判をう呑みにし、確かめないまま、子供を習い事に通わせたりする親もよくいます。が、人の評価を当てにせず、その指導者が、実際に教えている場面を見せてもらうことが必要ではないでしょうか。そうすれば、子供のよい点を見つけて伸ばそうとしている人なのかどうか、ということがよく分かります。例えば、ピアノの場合なら、間違って弾いたところを過大視するのではなく、うまく弾けているところをほめ、子供をやる気にさせてくれる人かどうか−−これが、指導者を選ぶ最大のポイントだと思います。そして一度習わせ、本人も好きならば、「受験があるから」などと途中でやめさせることをせず、できれば高校を卒業するぐらいまでは続けさせたいものです。一つのことで達成感を味わった人は、ほかの分野に進んでも、同じように深く掘り下げていけるからです。
2006年04月19日
Vol.039 子供を信じて放つ
最近、フリーターなど、定職につかない若者が急増しています。その原因としては、長引く不況による就職難というやむを得ざる事情もあげられるわけですが、そればかりではなく、?自立心の欠如?によることも多いのではないかと思います。私のところにも、そんなお子さんを持つお母さん方が、「一体、どうすればいいのでしょうか?」と、深刻な顔をして相談に見えるケースが増えてきました。私はそのような場合、よく「松は切るべからず、梅は切らざるべからず」ということわざを例にあげて説明します。そのことわざの意味は、どのようなものかといいますと、読んで字のごとしで、「同じ植木でも、松の枝は切ってはいけないものであり、逆に梅の枝は、伸び放題のままにしていてはだめで、適当に切ってあげないといい枝振りにならない」ということなのです。このことわざは、子供の教育にもぴったりとあてはまるものではないでしょうか。子供にはそれぞれ、その子供にしかない天分と個性があり、決して一様に見ることはできません。それなのに、一方的な親の価値観によって、切ってはならない松の枝を切ってしまったり、切るべき梅の枝に手を入れなかったりするばかりでなく、いたずらに過干渉になってしまってはいないでしょうか?そして、子供がせっかく自分で就職口を見つけてきたのに、「一流の会社じゃないから」などという理由で、反対したりしたことはなかったですか?などと尋ねると、ほとんどの方は、思いあたるところがあるようで、はっとした顔をするものです。子供の自立心を育てるには、「子供を神の子として信じて放つ」という生長の家の教えを実践することが、一番のカギなのだと、つくづく思います。
Vol.038 はかなさを知ること
生命萌え立つ五月。暖かい日差しを受け、きらきらと輝く新緑を目にすると、自然と一体であることを実感し、生きる喜びがわいてくるのを覚えます。しかし、そんな美しい季節にも、人との別れがあるのがこの世のならいです。先日、家内の知人の弟さんが、五十三歳の若さで亡くなりました。私は家内と共に、葬儀に参列しましたが、その知人には、二歳になるお孫さんがいて、葬儀場と火葬場にも来ていました。だびにふされる前、最後のお別れをすると、死者の顔は穏やかで、わずかにほほえんでいるように見えました。急死だったため、家族も親族も死に目に会えなかったとかで、その知人を中心に、皆がおいおいと泣き始めました。そしてだれからともなく、「なぜ、死んだの」という声とともに、「今までありがとう。感謝してるわよ」という声が…。私も、つられて思わずもらい泣きしてしまいました。そしてふと見ると、二歳のお孫さんも、大人と同じように、しきりにハンカチを目にあて涙をぬぐい、鼻をこすったりしています。焼香になると、お孫さんは、自分もやりたそうな身振りをしました。が、父親が口に手をあてて、「しっ」と注意すると、素直に静かになりました。「こんな場で、わがままはいけないのだ」ということが分かったようでした。近しい人が亡くなってしまうのは、はかなく悲しいことです。しかし、だからこそ、人間の生命を掛け替えのないものとして尊ぶ気持ちも、生きる喜びもわいてくるはずです。その意味で、このお孫さんが、こんなに小さい時ではあれ、こうした体験をしたということは、その後の人間形成に大きな影響を及ぼすに違いない─葬儀に参列しながら、そんなことを思わずにはいられませんでした。
Vol.037 褒め言葉の大きな働き
昭和四十年代、“原宿族”と言われる茶髪の青少年たちが、原宿の街をかっ歩していたころのこと。その中に、当時、新米の中学校教師だった私が担任していたクラスの女生徒が混じっていて、騒ぎになったことがあります。学年主任から注意を受けたその女生徒の母親は、私のところに来て、次のように訴えました。「茶髪といっても、決してけばけばしいものではなく、注意してみなければ分からないほどの色です。むしろ、学校の制服と本人の顔と髪の毛の色とのコーディネートがよく、色彩感
覚に優れていると思います。学校でも、美意識や色彩感覚を養う必要があるのではありませんか?」私はそのとき、この母親は子供にとってなんと理解のある母親なのかと、内心、感服しました。「子供の良い点を引き出す」という生長の家の教育法にかなっていると思ったからです。しかし、そうは思いながらも、学校の方針に従ってもらう必要があるので、このように話したのでした。「一人を黙認してしまうと、まねる生徒が出てきて収拾がつかなくなってしまいます。髪の毛を染めていることを知った以上は、校則に従って直させるのがしつけだと思います」その上で、「娘さんは、いつも制服をきれいに身につけていて、大変清楚な感じですし、お母さんが、子供さんの良いところを見つけてその天分を引き出そうとしているのも、素晴らしいですね」という褒め言葉を付け加えたのでした。すると母親は矛を収めて了解してくれ、ほどなく女生徒も黒髪に戻ったのでした。子供は、ただきつく注意するだけだと「意地でも直すものか」と逆の方向に行きがち。しかし、そこに一言、褒め言葉を添えると、意外に素直に言うことを聞いてくれるものです。
2006年04月17日
Vol.036 “待つ”ことの大切さ
今から十二年前の平成二年、中学校の校長を務めていた時、こんなことがありました。ある朝のことです。忘れ物を取りに、いったん登校しながら家に戻った一人の生徒が、中学校の校門の目の前にある横断歩道を渡らず、そこから少し離れた車道を横切ろうとしました。あわてていて近道をしようとしたらしいのですが、その瞬間、走ってきたタクシ−にぶつかってしまいました。目撃していた人の話によると、その生徒はタクシーに跳ね上げられ、空中で一回転して道路の向こう側に倒れ込んだそうです。下手をすると大事故でしたが、幸いにしてその生徒はかすり傷一つありませんでした。私としても、校長の立場上、ほっと胸をなでおろしたのは言うまでもありません。このように事なきを得たことだったのですが、このとき私には、この事故から改めて得た教訓がありました。考えてみると、この場合、この生徒に、横断歩道まで来て道を渡るという“待つ”姿勢があれば、事故は未然に防げたはず。そうしたちょっと“待つ”という心の余裕を持つか持たないかで、結果が大きく違ってくる──子供の教育でも同じことが言えるのではないか。例えば、信号が青にならないのに渡ったり、赤になったのに出ていったり、信号を見ようともしない子供など、子供の性格は千差万別。大人の目から見ると、「なんと無謀なことを」と思う子供も多いわけですが、そんなとき大事なのは、人としての正しいあり方を教えてあげるのはもちろん、子供の神性を信じて、人それぞれの天分が開花するのを“待つ”こと。大人にその“待つ”心があるかないかで、子供の進む道も大きく変わってくる──この事故を通して、私はそんなことを痛感したのでした。
Vol.035 必要なものは買う
「携帯電話で一カ月に六万円も使った」「いや、うちはゲーム代にもっと使っているしなど、金銭感覚がマヒした子供に手を焼く親の声を、最近、よく耳にします。確かに、電話やゲームに何万円も使われたのではたまりません。しかし、「子供は親の鏡」であることを思うと、子供がそんなことになってしまうのも、やはり親の責任と言わざるを得ません。昨今、「これはよい」「これはだめ」という具合に、自分のはっきりした考えを持たず、子供のほしがるものを何でも買い与える親が増えてきました。働く女性が多くなったこともあり、子供に愛情を注げる時間が少なくなった分、物で補おうとしているのかもしれませんが、それが子供の金銭感覚のマヒに拍車をかける一因になっていると言っていいでしょう。おもちや売り場などで、小さい子供がだだをこね、「あれほしいよ」などと泣き叫ぶ光景を目にします。そんな場合、「体裁が悪いから」と仕方なく買ってあげたりする親も多いですが、大切なことは、不相応なものをねだっているのなら、家の経済状況を説明し、また、だだをこねても物を買ってもらうことはできないことを、かんでふくめるように説明してあげることです。
わが家では、子供たちに機会あるごとに、「ほしいものは買う」ではなく、「必要なものは買う」と教えてきました。それを通して子供たちは、自然にお金の使い方を学んでくれた気がします。子供の金遣いが荒いのは、“親の愛情不足の現れ”といいます。「物がほしい」という欲求を満たしてあげることにきゆうきゆうとするのではなく、「親の愛情を受けたい」という子供の精神的な願望をかなえてあげるように努めれば、お金のありがたみもおのずと理解してもらえるのではないかと思います。
Vol.034 お手伝いをさせましょう
私の妹の次男宅に行った時、こんな光景に出くわしました。皆で夕食をよばれた後、母親が後片づけに台所に立ちました。すると、ころ合いを見計らって、小学校三年の男の子が、食べ終わった食器を持って立ち上がり、続いて、小学校一年の女の子も食器を手にし、仲良く台所に運んでいったのです。私もその後に続くと、母親が二人の子供ににっこりほほえんで、「お手伝いをしてくれてありがとう」。すると、子供たちも、うれしそうに、「うん」とうなずきました。聞くと、この母親は、食器の後片づけだけではなく、庭などでゴミを掃除するときには、ゴミを散らさないように集め、まとめるほうきの使い方や、水を飛ばさずにぞうきんを絞る方法、ガラスの両面が透き通るようにする磨き方などを、折ある毎に、二人の子供たちに教えているそうです。そのためか二人共、掃除することが楽しくなり、今では、喜んでお手伝いをしているそうです。そのことで思い出すのは、昔、私が中学校の教頭を務めていたころのことです。その中学校は、ガラスが破られ、ピアノも壊されるという荒れた学校でしたが、私は、生徒たちの心を変えるには、まず環境を整えようという思いから、毎朝、教師や生徒が登校する前、学校の広場やその周辺を掃除するようにしました。続けること三年。次第に生徒たちが私の掃除を手伝ってくれるようになり、それにつれて中学校も立ち直っていき、ついに東京都から「心と身体の優良校」に選ばれるまでになったのでした。この経験を通して、掃除は見た目をきれいにするばかりでなく、掃除をする人の潜在意識をも清めてくれると痛感しました。子供たちに、掃除や食器の後片づけなどのお手伝いをさせましょう。
2006年04月15日
Vol.033 唱歌と母の思い出
最近、「唱歌」という言葉をあまり聞かなくなりました。子供たちが小学校などで歌う機会も減ったようです。しかし、私たちの世代の人間にとって、唱歌はとても身近なものでした。学校でももちろん歌いましたが、私の場合、唱歌は母の思い出と密接に結びついています。私は六人きょうだいの二番目(兄四人、妹一人)として生まれました。それだけきょうだいが多いと、母親の愛情も薄かったのではなどと思われがちですが、決してそんなことはありませんでした。いつも忙しく働いていた母でしたが、台所に立ちながら、あるいは洗濯物を干しながら、よく唱歌を歌ってくれたものです。
兎(うさぎ)追いしかの山(『故郷』)
夕焼け小焼けの赤とんぼ(『赤とんぼ』)
私は、子供心に、母が歌うこれらの歌を聴いて、母の優しさをしみじみと実感したのを覚えています。それを思うと、今でもほのぼのとした気持ちになります。私にとっての唱歌は、すべてを包み込んでくれた母の愛情そのものだったのです。よく考えてみると、唱歌の歌詞やメロディ−はなかなか良質なもので、子供たちの情操を豊かに育ててくれる絶好の教材になるのではないかと思います。例えば、『故郷』の二番、「如何(いかに)にいます父母恙(つつが)なしや友がき雨に風につけても思い出ずる故郷」などを歌うと、古里の四季の風景、父や母や友達の姿など、子供のころの思い出がいっせいによみがえってきます。読者の中にも、私と同じ思いを抱いている人も多いのではないでしょうか。お母さんの皆さん、カラオケも結構ですが、たまには、子供に唱歌を歌ってあげてください。
